最後のワンピース

物心ついてから、これまでの人生で、ずっと、探し求めていたもの、ずっと、探し続けていた答えに昨日、出会えた。

「あー、これだったんだ。自分が探し求めていた答え、って」

「最後のワンピースは、これだったんだ」

と。

ようやく「気づけた」という感じ。

「あれ、もしかして、コレかな?」ではなく、「コレだったのか」という感じで、ほぼ、確信に近い。

その瞬間は、開放感や解放感、安堵、というより、呆然。

「これだったのか・・・」

と。

その直後に、鳥肌が、「ゾワ」と立ち。

「さて、これ(この事実)を、どう、受け入れたらいいのか?」

「どう処理したらいいのか?」

と。

(興奮して、友人の一人に、メッセージしちゃったけど)

安易に人に伝えても良いものなのか?

個別のカウンセリングの際に、「皆さん、気づいていないだけで、コレが答えですよ」と教えて良いものなのか?

自分で気づく必要があるのか?

まだ、現時点では判断に困るけど。

(おそらく、自分で気づく必要があるんだろうけど)

例えば、自分みたいにガリガリで太れない人は、脳的には「受け入れられない何か」がある。

だから、拒絶して、栄養も排除し、吸収しないまま、出しちゃう。

そして、太れない。

逆に、太りやすくて痩せられない人は、脳的には「吐き出せない何か」がある。

だから、すべてを溜め込んで、むくんで、便秘になって、脂肪も溜め込む。

そして、体重が落ちない。

症状としては真逆だけど、おそらく、根本的な原因は同じ。

当然に、「エビデンス」などという次元の話ではないんだけど。

「受け入れられない何か」あるいは、「吐き出せない何か」が、あって、共通してるんだろうな、とは、予測していたけど。

まさか、【コレ】、だったとは、という感じ。

この脱力感というか、無力感というか、虚しさ、というか。

なんだろうなぁ、この感情は。

うまく、表現できないけど。

強いて言えば、映画で、幼少期に親を殺した宿敵に仇を討つまでに、何十年もかけて探し続けた相手が、ようやく辿り着いたと思ったら、すでに、死んでいてた、みたいな。

なんか違う(いや、全然、違うか)

「なんだ、コレ、だったのかぁ・・・」と、しばし、呆然として、すぐには、運転して家には帰れず、ボーッとし。

運転する前にコインパーキングで、ボーッとし。

運転しても、途中、コンビニに立ち寄って、駐車場で、ボーッとし。

(iPhoneで聴いていた曲も耳に入らず)

帰宅しても家族と会話らしい会話もせず、ボーッとし。

一晩明けた今でも、「コレ、だったのかぁ」と。

開放感や解放感でもなく、かといって、絶望感でもなく。

最後のワンピースを手に入れた「感動」や「達成感」というものもなく。

ただ、ただ、不意に手にしてしまった答えの扱いに困っている。

だって、まさか、昨日、あのタイミングで、気づいてしまうなんて、なんの心の準備もしていないから。

むしろ、なぜ、あのタイミングで気づいてしまったんだろう、と不思議で仕方ない。

いずれにしても、受け入れる準備が、まったく、整っていない。

さて。

自ら、【コレ】に気づいてしまった今、一体、どうやって、この事実を受け止め、処理したらいいのか?

「気づいたこと」で、半分は解決したと思うけど、もう、半分は、どうしたらいいものか。

もちろん、「受け止め方」や「処理の仕方」において、「検証」も必要だけど。

もし、これで、長年、モヤモヤしたり、悶々として、解決しない悩みを抱えている人がいたとしたら、きっと、役に立てると思う。

お金の問題も、人間関係も、病気やダイエットも。

おそらく、根本的な原因は【コレ】に行き着くんじゃないかなぁ。

単に「答え」を教えても意味がないと思うから、いかに自分で「気付けるか」なんだろうけど。

手っ取り早い処理の方法が1つ浮かんだから。

まずは、自分で試してみたいと思う。

いやー、まさか、【コレ】、だったとは・・・

今後のカウンセリングの仕方自体も、見直す必要があるな。